July 192004
夏休み生徒の席に座りみる
中田尚子
作者は中学教師だ。夏休み中に、仕事で学校に出かけた。誰もいないがらんとした教室で、ふと気まぐれに「生徒の席に」座ってみたというのである。それだけのことなのだが、そこで作者の感じたことは「それだけのこと」を大きく越えていただろう。生徒の席から見えるものは、教壇からのそれとはだいぶ異る。たった数メートルの位置の差しかないのだけれど、目をやる方向が逆になることによって、目線も低くなるし、同じ教室とは思えないような雰囲気に囲まれる。「それだけ」でも新鮮な発見だったろうが、このときに作者に更に見えてきたのは、いつも教壇に立って教えている自分自身の姿だったはずである。生徒たちには、いったい自分がどんなふうに見えているのか。こうやって生徒の椅子に座ってみて、はじめてわかったような気持ちになれたに違いない。ちらっと想像してみるくらいでは、こういうことは案外にわからないものだ。むろん、生徒側においても然りである。昨日の加藤耕子句の蟻ほどではないにしても、それぞれの日常的な位置や空間のありようにしたがって、それぞれの世界がおのずと形成されてきてしまう。面白いものである。『主審の笛』(2003)所収。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|